2005年11月16日水曜日

パン屋『クロア』

鷹峯街道にある、僕の行きつけのパン屋の『クロア』。

『クロア』では、友人の作るさまざまな野菜を使ったパンがある。
パンの中にトマトを練り込んだものから、ピザになったもの、輪切りのトマトがローストされたもの、トマトだけではないのだが、実にさまざまなパンを食べることができる。

パンを食べてみて思うのが、深い、そして、しっかりとした味がする。

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僕のパンの歴史は、こどもの頃、学校の給食として始まったような気がする。
あのパンは、保育園の同級生の家が作っていたものだ。もちろん、保育園の時も、学校の給食に限らずパンを食べていたはずだ。でも、パンを食べることは、養鶏場の鶏が目の前に置かれた餌をついばむような、単調な仕草の一つでしかなかったように思う。

うーん。ずいぶんと乱暴な表現になってしまった観があるが、間違っているようには思わない。まあ、それくらい、パンに魅力を感じていなかった。

今から思えば、そう言えばそうでした・・・と、記憶喪失の人が、記憶を取り戻してから、記憶をなくす前の自分と、記憶がなくなっていた間の自分と、そして、今の自分の3つの自分が一つだと認識するようなもので、本人には悪気はなかった。ん?僕には、悪気はなかった。ん?まあいい。

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では、なぜ学校の給食からパンの歴史が始まったかと言えば、『机の中に詰め込まれたパン事件』が教室で起きてからだ。

まあ、どこの学校でもよくある事件かもしれない。パンが嫌いなこどもは、パンを残すと先生から叱らるので、こっそりと机の中にパンを隠していた。最初のうちは、たいした場所をとらないパンも学期が終わる頃には、力任せに押し込まれ、圧縮され、机そのものが重くなったような錯覚を起こさせるほど、大きな存在なっていた。嫌なものから逃れようとする人間のエネルギーは大きい。

小さなこどもには、学校の机はこども用と言っても、やはり扱いにくい。掃除の時間になって、机が倒れた。その勢いでドッと飛び出したモノ。青い模様。黒い模様。いろいろな模様が混じりあった白い立方体。
そう、パンが出ていた。

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思い起こせば、あの時の疑問がなければ、パンをここまで愛するようになったのか?と思う。

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白い立方体状になったパンが出てきた机。そして、その机の主は、その瞬間から時の人となった。
もっとも、僕の関心は、その人ではなく、パンそのものにあった。

なぜパンがそんな風になったのか?それがなによりもショックだった。
あの固くなってしまったパン、あれは・・・。

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僕は、学年で1番2番を争うほど小さかった。そして、食が細く、9歳で十二指腸潰瘍になるほど繊細?なところがあった(はず)。
そのせいか、なにかを食べておいしい、と感じることはあまりなかった。でも、そんな僕にも、唯一、好きなものがあった。

ピザ。それが、ぼくの好きなもの。

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ピザを食べたのは、ボーリング場のレストラン。家族と出掛けた数少ない記憶の中で、レストランで食べたピザは、強烈な記憶になっていた。

当時、『とろけるチーズ』なんてものは、家庭にはなかった。たいした味もしない固めのパン生地に、サラミソーセージ、ピーマンの細く切ったもの。熱くとろけたチーズがその上にかけられていた。今から考えれば、桁外れにシンプルな料理だった。こんなピザだと、『ピザーラ』も、『ピザハット』も、『シカゴピザ』も、『ドミノピザ』も、ええっと。とにかくピザ屋が、今の流行ることはなかっただろう。それでも、ほんとうに新しいということは、誤解を招く最大の原因だと思う。

チーズがこぼれ落ちないように、「熱い。熱い」と言いながら食べただけで、強烈な記憶として残ったピザ。そして、間違った誤解は、ピザから生じた。

ピザをおいしくさせていた「とろけたチーズ」は簡単には手に入らなかった。目的を見失った幼い僕が、その次に向けた目的。
それは、なぜか「たいした味もしない固めのパン生地」に向かっていた。

うーん。今から考えると、自分でも空しい。こどもの頃の僕には、ぽっかりと抜け落ちた感性があるように思う。まあ、この辺りのことを反省してみても、先に進まないので、ほっておくとする。

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白い立方体状になったパン。そのパンを見てひらめいたことがあった。
そう。パンを固めれば、僕でも、「たいした味もしない固めのパン生地」が作れる!
実現性という関点から見れば、懸命な判断だったかもしれない。

しかしなあ・・・。

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こうして、パンを固めながら食べることが、当時、僕の大ブームになっていた。

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パン屋の『クロア』の話をする前に、パンのことを話そうとしたのだが、間違った判断ではなかったか?
うーん。うーん。

ともかく、おいしいパンを食べる時、僕は、今となっては反面教師でしかあり得ない「たいした味もしない固めのパン生地」を思い出してしまうのだ。

手を替え、品を替え、おいしいパンを作ってくれる、『クロア』のことは、これからも何度となく話をすることになるだろう。断っておくが、『クロア』で作られるパンは、どれもおいしい。

だからこそ、僕の記憶の中では、あの対極にある「たいした味もしない固めのパン生地」の記憶が呼び起こされる。いまいましくもあるが、このことは、忘れてしまっては、新しい発見へとは繋がらない。

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ちなみに、最近の僕のおすすめは、『れんこんパン』。
れんこんの歯触りが、新しいパンの食感を教えてくれる。

『きのこ』は、中に入った、たくさんのきのことベシャメルソースがパンにからんできて、たまらない。パンをぱくっとやったときに、パンの中にあった空間から、ほわっと芳醇なにおいがする瞬間をぜひ楽しんで欲しい。

あああ。たくさん文章を書くことができるブログなのに、なんだか無駄に文字を費やしてしまったのではないだろうか?

あああ。カレーもあることだし、パンで食べるのも悪くないなあ。

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