友人が作っている野菜の中で、僕の好きな野菜のひとつに『鷹峯(たかがみね)ネギ』がある。
京都のネギと言えば、青ネギの『九条ネギ』が全国的に有名かもしれないが、個人的には、白ネギの『鷹峯(たかがみね)ネギ』もごひいきだ。寒さが応えるこの季節には、この『鷹峯ネギ』がとても恋しくなる。
『鷹峯ネギ』は、土に埋まった白い部分の太いものがとてもおいしい。食べごろになった『鷹峯ネギ』は、この白いところにヌルッとした汁がたくさん溜まっている。このヌルッとした汁には、ネギ特有のビタミンA、ビタミンC、硫化アリルが多く含まれているのだが、苦みや辛さといったものは無く、むしろほんのりと甘い。
『鷹峯ネギ』のおいしく食べ方のおすすめは、『ネギ焼き』だ。実は、僕も、友人に勧められてやってみたのだが、とてもおいしい。簡単にその調理方法を紹介しよう。
ーーー
まず、ネギの真ん中辺り、白から青へと色が変わるところで切る。根っこがついたままのネギならば、根元からちょうど30センチくらいの長さになるだろうか。
この棒状になったネギをガスコンロの魚焼き用のグリルで焼く。調味料は一切無し。
ネギの外側の皮を剥かずに焼くのがポイント。
焼く目安は、外側の皮がちょっと焦げるくらいまで焼くこと。
ネギ全体があたたかくなる頃合を計って、ガスコンロから取り出す。ここで、焦げた表面の皮を剥ぎとる。
後は、適当な大きさに切って、好みに応じて塩やお醤油をつけて食べると良いだろう。
個人的には、ぜひ、『鷹峯ネギ』の甘さを堪能して欲しい。
ーーー
・・・調理方法と言ってみたけど、実は、とても簡単だ。
後から、表面の皮を剥ぐので、少しくらい土がついたままネギを焼いても大丈夫だ。
この調理方法のポイントは、焼くことでネギの風味を出し、ネギ全体にあたたかさを加えることにある。
このように調理すれば、鍋のときのように、ネギはクタッとならない。
ネギに含まれる硫化アリルは、タマネギなどにも含まれ、血行を良くして体を温める作用がある。ほかにも、神経を刺激することで消化液を分泌させて食欲を増進させる作用もある。しかし、長く熱にさらされたり、水にさらしすぎると、その効能が無くなってしまうので、『ネギ焼き』は、実に、体にも良い食べ方ということになる。
是非試してみて欲しい。
2005年12月20日火曜日
米国産牛肉の輸入解禁
米国産牛肉は必要なんだろうか?
米国産牛肉を飛行機で輸入して販売を始めた大阪の焼肉店のニュースが、テレビに流れた。
「個人が判断して食べてください・・・」という、いい加減な『内閣府の食品安全委員会』のコメントから2週間も経たないうちに、こういう状況がやって来た。
もっとも、この時期に覚悟を決めて焼肉店にやって来たお客さんたちは、実は、一番安全な牛肉を食べたのかもしれない。なにしろ、再開直後であれば、さすがに高い安全性が確保されているはずだから・・・。しかし、だからと言って、米国産牛肉を食べることには積極的にはなれない。
個人的には、食品の安全を考えることは、国の安全を考えることと本質的には同じ問題だと思う。軍隊を持つことで国の防衛を考える人は、ウイルスによるテロ対策も、安全でない食品による経済の混乱も、同じ問題だと考えるべきだ。
しかし、日本という国では、『内閣府の食品安全委員会』という国家中枢にある機関が、安全を担保することを個人に託してしまった。
『建築強度偽装』の話と同じで、個人がどうやって判断すれば良いのかさえわからない、とても難しい問題であるにも関わらず、問題は、個人の選択の問題へとすり替えられてしまった。
こうした状況に至る背景には、「米国産牛肉を食べたい」という『個人の尊重』があるのだろうか?
米国産牛肉の輸入解禁の裏側で報じられた事実がある。
米国では、日本産牛肉の輸入解禁になったそうだ。
米国において「おいしい肉を食べたい」と思う人たちは、さぞかし喜んでいることだろう。
米国産牛肉を飛行機で輸入して販売を始めた大阪の焼肉店のニュースが、テレビに流れた。
「個人が判断して食べてください・・・」という、いい加減な『内閣府の食品安全委員会』のコメントから2週間も経たないうちに、こういう状況がやって来た。
もっとも、この時期に覚悟を決めて焼肉店にやって来たお客さんたちは、実は、一番安全な牛肉を食べたのかもしれない。なにしろ、再開直後であれば、さすがに高い安全性が確保されているはずだから・・・。しかし、だからと言って、米国産牛肉を食べることには積極的にはなれない。
個人的には、食品の安全を考えることは、国の安全を考えることと本質的には同じ問題だと思う。軍隊を持つことで国の防衛を考える人は、ウイルスによるテロ対策も、安全でない食品による経済の混乱も、同じ問題だと考えるべきだ。
しかし、日本という国では、『内閣府の食品安全委員会』という国家中枢にある機関が、安全を担保することを個人に託してしまった。
『建築強度偽装』の話と同じで、個人がどうやって判断すれば良いのかさえわからない、とても難しい問題であるにも関わらず、問題は、個人の選択の問題へとすり替えられてしまった。
こうした状況に至る背景には、「米国産牛肉を食べたい」という『個人の尊重』があるのだろうか?
米国産牛肉の輸入解禁の裏側で報じられた事実がある。
米国では、日本産牛肉の輸入解禁になったそうだ。
米国において「おいしい肉を食べたい」と思う人たちは、さぞかし喜んでいることだろう。
2005年12月10日土曜日
野菜のイメージ
うーん。野菜が大きい。
友人の作業場に運び込まれた野菜を見ているとつくづく思う。
友人と出会うまでは、野菜は、八百屋やスーパーに並んだものしか見てこなかった。畑に行って野菜を見るようなことはまずなかった。しかし、毎日のように友人の野菜を見慣れてくると、それまで見慣れたはずのスーパーの野菜が小さく見える。
おかしなものだ。僕たちが基準にしているイメージなんて当てにならない。
ーーー
友人のつくる野菜にも、小さなものもある。しかし、大きいものは本当に大きい。
大きい野菜は、なにがいけないのだろうか?
ーーー
毎日のように『振り売り』に出掛けるおかあさんに言わせると、野菜が大きいと売れ行きはあまり良くないらしい。おかあさんが言うには、お客さんは、「大きいと、1日で食べ切れないからもったいない」と言って、大きな野菜を買いたがらないらしい。
もっとも、野菜の味にうるさいお客さんが、「大きいとおいしくない」と言っている訳ではない。いつも新鮮な野菜を食べているお客さんたちのことだから、次の日に残すよりは、新しいものを毎日食べるのが良い、ということらしい。実際、お客さんがたくさん来る予定がある時には、「大きいのをちょうだい」と言ってくるらしい。
うーん。まあ、そういうものかもしれない。
ーーー
実際、僕も、友人が作った大きな大根、カブラ、白菜、キャベツなどを平らげてきた。
たしかに、大きな野菜は、1日で使い切れるものじゃない。先日も友人から貰った白菜を使い切るまでには、あれこれ考えた。そして、数日かかってなんとか食べきった。僕のような放蕩者は、あれこれと手を換えながら白菜を堪能できて満足できるのだが、食の細いひとには、そうもいかないのだろう。
ーーー
うーん。そもそも、野菜には、この位の大きさがちょうどいい。そんな基準のようなものがあるのだろうか?
でも、野菜を丸ごと食べることは、まず無い訳だから、野菜を買う人、野菜を調理する人の価値観が大きく左右する。
ーーー
実際、友人と取引のある料亭などは、大きいものを好んで仕入れていく。おおきい野菜は、細工がしやすいので、味だけでなく見せる技を競うプロにとっては、都合が良いのかもしれない。それに、大きい野菜には、大きい野菜なりのおいしさがある。プロの手にかかると、野菜の楽しみ方の幅も広がる。
まあ、野菜の大きさを決めつけてしまって食べず嫌いになるのが一番良くないのかなあ。
友人の作業場に運び込まれた野菜を見ているとつくづく思う。
友人と出会うまでは、野菜は、八百屋やスーパーに並んだものしか見てこなかった。畑に行って野菜を見るようなことはまずなかった。しかし、毎日のように友人の野菜を見慣れてくると、それまで見慣れたはずのスーパーの野菜が小さく見える。
おかしなものだ。僕たちが基準にしているイメージなんて当てにならない。
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友人のつくる野菜にも、小さなものもある。しかし、大きいものは本当に大きい。
大きい野菜は、なにがいけないのだろうか?
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毎日のように『振り売り』に出掛けるおかあさんに言わせると、野菜が大きいと売れ行きはあまり良くないらしい。おかあさんが言うには、お客さんは、「大きいと、1日で食べ切れないからもったいない」と言って、大きな野菜を買いたがらないらしい。
もっとも、野菜の味にうるさいお客さんが、「大きいとおいしくない」と言っている訳ではない。いつも新鮮な野菜を食べているお客さんたちのことだから、次の日に残すよりは、新しいものを毎日食べるのが良い、ということらしい。実際、お客さんがたくさん来る予定がある時には、「大きいのをちょうだい」と言ってくるらしい。
うーん。まあ、そういうものかもしれない。
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実際、僕も、友人が作った大きな大根、カブラ、白菜、キャベツなどを平らげてきた。
たしかに、大きな野菜は、1日で使い切れるものじゃない。先日も友人から貰った白菜を使い切るまでには、あれこれ考えた。そして、数日かかってなんとか食べきった。僕のような放蕩者は、あれこれと手を換えながら白菜を堪能できて満足できるのだが、食の細いひとには、そうもいかないのだろう。
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うーん。そもそも、野菜には、この位の大きさがちょうどいい。そんな基準のようなものがあるのだろうか?
でも、野菜を丸ごと食べることは、まず無い訳だから、野菜を買う人、野菜を調理する人の価値観が大きく左右する。
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実際、友人と取引のある料亭などは、大きいものを好んで仕入れていく。おおきい野菜は、細工がしやすいので、味だけでなく見せる技を競うプロにとっては、都合が良いのかもしれない。それに、大きい野菜には、大きい野菜なりのおいしさがある。プロの手にかかると、野菜の楽しみ方の幅も広がる。
まあ、野菜の大きさを決めつけてしまって食べず嫌いになるのが一番良くないのかなあ。
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